弊社名誉会長 小川仁彦 逝去 のお知らせ
お取引先の皆様
弊社名誉会長 小川仁彦 儀 予て療養中のところ、令和6年12月24日満84歳にて永眠いたしました。ここに生前皆様より頂戴したご厚誼に心より感謝し謹んでご通知申し上げます。尚、葬儀、告別式は、ご家族の意向により家族葬で相済ませました。お別れの会は開催いたしません。また、ご弔電、ご供花、ご供物等の儀は固くご辞退申し上げます。誠に失礼とは存じますが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
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(このさきは会長と記載します)会長は、創業者である小川栄三の長男として弊社に入社し、昭和43年に堺工場を設立、それまでの鋼材問屋からコイルセンターの道に進むことを英断しました。その後、富山工場、加賀工場を次々と設立、さらに米国において三菱商事様と提携しコイルプラス社の3工場の設立と運営にも力を尽くしました。弊社発展の基礎を創り上げたまさに『中興の祖』であります。昭和47年から平成9年まで二代目代表取締役社長を25年間勤め、その後も会長、名誉会長として我々役職員を温かく見守ってくださいました。
関西学院大学時代は山岳部に属し、日本の数々の名峰を制覇、『小川ルート』と呼ばれる道があったと聞いています。社会人になって以降はテニスやゴルフを趣味とし、ゴルフにおいては芦屋CCの競技委員長を務め、グランドシニアチャンピオンの名誉に輝き、古希を過ぎてシングルにもなりました。小生がゴルフを始めるきっかけをくださったのも会長であります。この通り、仕事も趣味もスポーツも、なにごとにも徹底的に取り組まれ、必ずその結果を出す信念と勝負強さに心より尊敬しています。
また、常にご家族と社員を心より愛されました。「社員は皆家族」が口癖で、これを経営の根幹とし、その通り実行されました。小生にとり、偉大なる天才的名経営者であり、永遠の大目標であり、ゴルフの師匠であり、同時に優しい義父でありました。会長が残された偉大な功績とDNAに心より感謝するとともに、これらをしっかりと引継ぎ、さらに成長・発展させ、会長が望んでいた『社員の幸せと会社の永続的繁栄』を実現できるよう、役職員一同精一杯努力してまいります。
取引先の皆様、長年頂戴したご厚情に改めて深謝申し上げますとともに、今後も引き続き格別のご指導ご鞭撻、そしてご愛顧を賜りますようどうぞよろしくお願い申し上げます。
令和7年1月20日
福栄鋼材株式会社
代表取締役社長 竹林泰治